sharing an umbrella



「やっぱり降ってきたか」

傘をさして歩くなんて久しぶり。
この感覚に苦笑いする。
庶民中の庶民だった私が移動は車で、歩くなんてとんでもないなんて状況になるとは思いもしなかった。
風が少し涼しすぎて、体を縮めたところで声を掛けられた。

?」
「へ?」

まさか道端で名前を呼ばれるなんて。
そんな知り合いはいるはずがないのだけど、声は大好きな声だったから余計に間抜けな声が出た。

「やっぱりか」
「ベルナルド!こんなところで何してるの?」
「雨宿りさ」

私を見て嬉しそうな顔をしたのは傘目当てかね?
店の軒下で一人で壁に背中を預けるベルナルド。

「雨宿りって…車は?部下の人は?一人なの?」
「まるで俺は迷子みたいだな」

ベルナルドが苦笑いする。

「えっ、まさか迷子だなんて…!」
「そんな可哀想な俺を家に連れて帰ってくれるかい?」

ベルナルドが傘をさしたまま向かい合う私を覗き込む。

「それ誘拐だよ」
「俺は拐われてもいいと思ってる」
「身代金をCR?5からふんだくるの?」

幹部筆頭が誘拐されるとは大変な事態だ。
イヴァンあたりは何やってんだって怒りそう。

「金はあって困らないことはないけど、俺はが拐ってくれるなら金なんていらないんだ」
「ベルナルドが働くからってこと?」

よくわからなくて首と一緒に傘を傾けると一気に水滴が落ちる音がした。

「そこは責任を持ってを食わせなきゃね。つまり俺は…と二人きり、今持っているものが何もなくてもだけがいる世界もいいと憧れただけだよ」
「…そう」

ベルナルドの表情に心臓を掴まれて、一言声に出すのが精一杯だった。
必死に返す言葉を探す。

「あの、私も、ベルナルドだけでいい。ベルナルドがいてくれたらそれでいいからね!」

幹部とか物騒な身分がなくたって、お金がなくたって、二人でいられる場所があるならそれで。
ああ、確かに憧れだ。
全然違う生活を送れるだろう。
今の生活に不満はないけど、ふと憧れるくらいは。

「へくしゅっ」
!大丈夫か?」
「平気平気!」
「このままもうしばらく過ごしたかったんだが…風邪なんか引かせられないな」

ベルナルドの手が私の頬に伸びてくる。

「!ベルナルドの方が冷えてるんじゃない!?」
「そ、そうか?」

触れた手の冷たさにビクリと身を引くと、ベルナルドが戸惑いしょんぼりした顔をする。

「えっと…帰ろう?」

ベルナルドが入れるようにと傘を高く掲げてみるが、これでも彼はギリギリ難しいかもしれない。

「そうだな…お邪魔するよ」
「どうぞ。あっ」

ひょいと傘を取られ、私たちは一緒に歩き出した。
ちらりと隣を見ると案の定肩が濡れている。
自分の頭上を見ればすっぽり傘に覆われていて。

「ちょっとベルナルド」
「ん?」
「傘、もうちょっとそっちで使ってよ」
「十分だよ」
「良くない」

頭を守れればいいのか、というのはかろうじて飲み込んだ。

「ベルナルドが風邪引く方が困るでしょ」
「その時はが看病してくれるだろう?」
「…してあげるけど。元からその目的ならそもそも傘に入れてあげない」
「水も滴るいい男にでもなってみようか」
「わー!濡れてどうすんの!」

確かにいい男になるんでしょうけど!

「私体丈夫だから!もうちょい傘入って!」
「…それじゃあ、俺にくっついてくれないか?」
「へ?」
「そうすれば俺も雨をしのげるよ」

なんていい顔で言うんだか…。

「こ、これでいい?」

腕に抱きついてみる。

「うん。あとはキスでもしてくれると…」
「今すぐ傘から追い出そうか」