素直じゃない 「素直になれない?」 「ええ、まあ…」 「そんなんじゃ逃げられるわよ」 バッサリとキャスターは斬り捨ててくれた。 「!?」 アイツは皮肉屋だから、なんだかんだ付き合ってくれてるだけなのか…。 「突然来るから何かと思えば、私に来客なんてエサか邪魔ものくらいしかないわよ」 出されたお茶をいただこうとした手を止めた。 …ちなみに、私がどちらなのかは聞かない方がいいかな。 このお茶にも何か入っていそうな気がしてまじまじと湯呑を見つめてしまう。 「安心なさい。それ、一成くんが淹れてくれたから」 「え?そうなんだ…」 あからさまにほっとした声が出てしまった。 気分を害したかとヒヤリとしたが、キャスターはフフンと笑ってみせた。 「魔女の屋敷に乗り込んでおいて、警戒心の欠片もないのね」 「魔女の屋敷って…葛木先生もキャスターも居候なんじゃなかった?」 「う、うるさいわね…」 今のキャスターを警戒する必要はないと思いたい。 何せ聖杯戦争もないのだから。 じゃなきゃのこのこ相談にも来ない。 「で、あなたのサーヴァントは?」 「こんな話をするのに連れてくるはずがないでしょう」 「こっそりついて来てるかもしれないじゃないの」 それは多分ない。恐らく。 「行き先も伝えてるし、何より…」 「何より?」 「アップルパイをリクエストしておいたから、今奴は凝り性によって深刻に作ってるはず!」 「ちょっと」 「ん?」 「普通はそれをお土産として持ってくるものじゃないの!?これだから若い者っていうのは…」 あなたはそんなものよりそのお煎餅が似合ってると思うの。 ミスマッチのはずなのに、妙にしっくりくる。 「ま、そんなわけで夫婦で仲睦まじく買い物をしていたのを見かけて押し掛けたわけですよ」 遠目からでもキャスターのデレっぷりは見事だった。 「そうよ!夫婦なのよ!」 キャスターの頬に朱がさし、瞳がキラキラと輝きだす。 「ああ、宗一郎様…」 「キャスター、戻ってきて」 「せっかくいいところだったのに」 何が。 「本当に好きなんだねえ」 「当り前よ。愛してるわ」 “愛してる”その言葉を発した時だけ、キャスターの表情が儚く見えた。 「だから私は街の異変の調査だなんだもどうでもいいのよ。この世界で生きられるだけ生きてやるわ。…余計なこと言うけど」 「ん?」 「アンタも同じよ。私たちと」 「―――」 サーヴァントとマスター。 それを超えた関係。 後悔はしていないし、するつもりもない。 契約に忠誠心が関わっていなくて本当に良かったと思う。 令呪なんかによって制限されるとはいえ、サーヴァントには自我がある。 「そう…だね…」 もうすぐ凛が帰ってくる。 恋敵でなくて良かった。 素直になれない点で似ている私たちは現在と未来という一人の人間(後者は英霊だけど)を好きになり、互いに策を講じたりしていた。 凛の帰国は嬉しい。 でも何か、焦りのようなものも感じている。 昨日までと違う、いや、昨日と今日が違うのは当然。 進んでいるのか、ずれているのか。 アーチャーに違和感を打ち明ければ頭を撫でられるだけだった。 「ちょっと!」 「!?」 目の前でパチンと手を叩かれて我に返った。 「えっと、私…?」 「ぼーっとしてたわよ。私が術でもかけたと疑ってるの?」 「ううん、ごめん。あのさ…キャスターも何か感じてる?この、なんていうか今までとは何か違うっていう感覚」 「…知らないわ」 「そっか」 キャスターは、私を見なかった。 「まったく、魔女に喰われるつもりかね?」 「アーチャー!」 「ウチの門番はホンット使い物にならないわね」 「戦意もないからな。むしろ歓迎してくれたよ」 アーチャーが持っていた箱を開けると、一切れ分欠けたアップルパイが入っていた。 「あらまあ」 「おいしそう!!」 「マスターが世話になったと持ってきたんだが、必要なかったか」 「もらうわよ!まあ、宗一郎様おかえりなさい!」 箱をキャスターがひったくったところで旦那さまが帰宅した。 「ああ、戻った」 「アップルパイを召し上がりません?」 「君が持ってきてくれたのか?わざわざすまない」 「いや…」 「二人で食べましょう!」 「しかし…」 キャスターさん、背後から何か出てます。 「あ、うん。そろそろお暇しようかな。迎えも来てくれたし。お邪魔しました」 「気をつけて帰りなさい」 「はい」 「宗一郎様!早く早く!」 縁側に座っていたおかげで、さっさと退散することができた。 「いやあおいしそうだった!さっそく帰ってアーチャーの紅茶で食べよう!」 「何を話していたんだ?」 「気になる?」 「話したいのなら聞かせてもらおう」 イラっとして足が砂利を散らした。 「キャスターのノロケ話。いい旦那さんなんだってさ」 「ほう」 ニヤりとした顔が憎らしい。 石畳を避けたまま、音を鳴らして砂利を踏み進む。 「おや、先程は馳走になった。女人にそんな顔をさせて歩かせるとはいかがなものか」 「アサシン」 「その方が面白い」 何だと!? 「アサシンの方が私に気を遣ってくれ…きゃああああああああっ!?」 心臓が止まる?死ぬ? とにかく言葉で言い表せないほどびっくりした…。 「ちょっと…ア、アーチャー…?」 こいつ、マスターを抱き上げたと思ったら、一気に石段を飛び降りた…! 落とされたり落ちる心配はなくても一気に急降下なんて恐ろし過ぎる。 「帰るぞ。パイがまずくなる」 「は…?うん…とりあえず降ろして」 「降ろさん」 「ねえアーチャー、なんか怒ってるの?」 「いや?」 嘘だ。 「変だよ」 「む、失礼だな」 酷い叫び声を上げてしまったと門番がいそうなあたりを見上げると、爽やかに笑って手を振ってくれていたので振り返す。 が、その手をアーチャーに掴まれた。 「なに?」 「帰るぞ」 「わかってるってば」 もう一度ちらりと見上げると、今度はアサシンは笑い声を上げているらしかった。 「もしかして…!焼きもち!?」 「違う」 「いやそうなんでしょ!」 「違う」 ねえこっち見てよ、アーチャー。