すべてを想う、君を想う、世界を憂う



ベルンカステル卿は本日、ご機嫌が優れないらしい。
たまたま居合わせた私に、わざわざ喧嘩を吹っ掛けてくるのだから。



「世界の根幹も理解せずに自己満足だけ。駒に同情して自分に酔うアンタの、何が慈愛?
 願いだって結局はアンタの妄想でしょ。ある意味夏妃よりひどいゲロカス妄想だわ!」

「………」



ラムダデルタ卿は何をしているのか。
この口の汚い魔女をさっさとさらって行って欲しい。



「なんなら赤で宣言してあげるわ。願いと慈愛の魔女、お前は

「無理よ」

「なんですって?」

「貴方には無理。宣言できない。むしろこちらから赤で宣言してあげる」



これは世間話程度のこと。
私が知る今後に左右されることはあるまい。



「アンタごときに何が言えるっていうの?」

私の心はベルンカステル卿には理解できない

「…バカじゃないの?」



私を貶めようと可愛らしい顔が歪む。



「今の状況が十分示してるわ。貴方には私の心が理解できない」

「黙れ!」

「簡単に論破されてたまるもんですか。私の心にあるのは一なる元素。
 たとえ妄想であろうと、みなに愛があるから私はすべての幸せを願う。それは“い”ようが“い”まいが関係ない」



すべてを否定されようと、私の中に私が認める真実があればいい。
それが暴論でも構わない。



「私は結果を知っているから、幸せを願いながら見守る。時に呼ばれれば、結果を壊さないようにその中で演じるだけ」

「…此処にいることを後悔させてあげるわ。見守るなら何もできずにすべて醜く壊れていく様、見ていなさいよ。
 アンタが悪いのよ?アンタが何もしないから、全部グチャグチャになっちゃうんだから」



それは恐らく実現されるだろう。



「あら、反論しないってわけね。クスクスクス。アッハハハ!」

「ベルーン!探したわよ!?」

「…ラムダ」

「んもぅ!金平糖をゆっくり溶かして流し込みながらバスタブで遊びましょって約束してたじゃない!」

「…そうだった?」

「準備して待ってたんだから!私風邪引くところだったわ。でもその風邪をベルンにうつすのもうふふふふ」

「遠慮しとくわ。さっさと行くわよ」

「はーい」



ベルンはすぐに消えてしまったが、ラムダは残っていた。



「…何か?」

「私、アンタのこと嫌いじゃないけど、あんまりベルンのことは怒らせない方がいいんじゃない?」

「ケンカ売ってきたのはあっちなんだけど」

「わかってるわよぅ。アンタがわざわざ喧嘩を売るのは、本気の勝負の時くらいでしょ。時間稼ぎが主な目的だもんねぇ?」

「よくご存知で」



わかっていても大概この魔女は邪魔をしないから不思議だ。
私というイレギュラーを楽しんでいるのかもしれない。



「さて、そろそろ行かないとベルンが怒っちゃうわね、それじゃ!」

「えぇ、わざわざどうも」



やっと静かになった空間で溜め息を吐く。
と、それを見計らったように黄金の魔女の家具頭が現れた。



「お疲れ様でございました」

「…何それ」



そう言いつつも、ちゃんと出された紅茶はいただく。



「いつもと違う?」

「はい。今日は癒しの効果があるよう、ハーブティーをご用意致しました。
 いつもの方がよろしければ、すぐにご用意致しますが、如何なされますか?」

「これでいいよ」

「さようでございますか」



クッキーをつまみながら、自分に残された時を思う。



「意外と早いもんだね」

「そうですね。貴方様はいつも食べる早さが意外と」

「違う!」



わかってるくせに。



「ぷっくっく、申し訳ありません」

「悪いと思った時に謝りなさいよ…」

「それでは、私はいつ謝罪できますでしょうね」

「………」



言うだけ無駄だった。



「戦人くんとベアトは?」

「とても幸せそうにしていらっしゃいますよ」

「そう…」

「貴方様に幸せは訪れそうですか?」

「え?」



わたし?



「さあ…どうなんだろうね。みんなの幸せは願いだけれど…ここはすべてなくなってしまうのかもしれないし」

「私がお聞きしたのは、貴方様ご自身についてですが?」

「………は?」



この悪魔は、あの2人にあてられてしまったというところだろうか。



「何言ってるの?悪魔であるあんたが幸せなんて言葉口にするなんて似合わないんじゃない?」

「そうでしょうか。我々は対価と引き換えに幸せを授けますよ?」



その対価が恐ろしい。



「さて、私はどこまで干渉していいのやら」

「そういう時は関わらないのが得策よ」

「それはできない相談というもの」

「ふうん」

「おや、これはつれないお返事ですね」

「ロノウェが好きにすればいいことでしょ」



ずず、と紅茶をすする。
再びクッキーに伸ばした手はロノウェに掴まれてしまった。



「え、何。おあずけってこと?」

「まったくつれないお方ですね」

「だから何のことを…」



うやうやしく手の甲に口付けられた。



「ちょっと…どういう、」

「私が貴方様の幸せを望んでみるのも面白いかと思いまして」

「っはぁ!?」

「こちらにいらっしゃる以上、貴方様もその範囲に入られるべきでしょう」

「…悪魔に同情されるとは思わなかったわ」

「ぷっくっく。決して叶わぬものに賭けるというのも、たまには面白いと思いませんか?」



これだから、この悪魔は…!



「…そう、ありがとう」



怒鳴りたい衝動に反して、嬉しくなってしまう。



「砂時計の砂を止める術はありませんが、どうかお楽しみください。もとより、あったにしろ止めるおつもりもないのでしょうが」

「そうね。終わりの時まで、せめてゆっくりロノウェの紅茶を楽しみたいわね」



みなの幸せを願いながら。
叶わぬ恋にも、酔うことにしましょう。