とうとうこの日となりました。
私は迷わないよ。
たとえへなちょこだろうと。
堂々としていようじゃないか。
君と私は、運命共同体!
「うううー、信じられねぇ、どうしてこーいうことになるかなあ」
「ホント…内臓がねじれそうなんだけど」
「仕方ないだろ、絶対魔王になってやるって自分で宣言しちゃったんだから」
魔王二人は朝から緊張でグロッキーだ。
「だからって戴冠式…歴史の教科書でしか見たこともないような戴冠式…」
「ノミネートはきみたち二人、プレゼンターは母上」
「アカデミー賞っぽく言うな」
「しかしあれだけの水術を使われて、まったく覚えていらっしゃらないとは…」
「不思議だよね」
私は苦笑いだ。
どうやら有利が魔術を使えるのは、王都に来る途中の休憩した場所で飲んだ水がきっかけらしい。
私にはそんなのなかったからな…。
少し恨めしいような切ないような気持ちになっていると、大丈夫だというようにコンラッドが笑顔を見せた。
「なんだその質素ななりは」
「「…はあ?」」
紺の衣装がとんでもなく似合う金髪王子は開口一番そんな失礼なことを言った。
学ランと黒セーラー服をギュンターさんにお褒めいただいたばっかりですが。
私は最後までツェリ様にドレスを勧められたんだけど、そんなものを着てしまったらそれこそ胃がねじ切れるほど緊張しそうだったのでお断りした。
…自分で言うのも難だけど、つれないな、私。
ごめんなさい、ツェリ様。
「肩章も装飾もまったくないじゃないか。これから魔王になろうという者が、そんなみじめな貧乏くさい格好でいいと思ってるのか!?」
だって、そんなのしたら校則違反だよ。
「財のかけらもないような姿で、兄上やぼくに恥をかかせるな!」
ヴォルフラムはそう言うと、有利の胸を掴み、輝く金色の飾りを留めた。
「おい…」
「これはぼくが幼少の頃に、ビーレフェルトの叔父上にいただいたものだ。
特に謂れのあるものではないが、戦勲どころか戦場に出たこともない奴には、こんなものこそお似合いだろう。
なにしろユーリは馬にさえ乗れない、史上最高のへなちょこ陛下だからな」
「へなちょこ言うなーっ」
ここに魔術すら使えないへなちょこもいますが。
「どうやら陛下はヴォルフに気に入られちゃったようですね」
「えええええーっ!?あの高慢ちきナニサマだ殿下にぃ!?」
「…いーなー」
ぼそっと呟くと。
「」
「ん?」
「目を閉じてください」
「え?う、うん…」
何だろう。
今まで以上に心臓がドキドキする。
顔の両脇に何か気配。
そして首に冷たい感触。
「目を開けていいよ」
「あ………」
首に下げられたのは、銀のペンダント。
トップの青い石にはコンラッドの目と同じような銀の虹彩が散っている。
「こ、これ…」
「残念ながら魔石とかではないんだけど。あなたのお守りになればと思って」
「あ…ありがとうっ!」
一生大事にする。
「えーと、わたくしが第二十七代魔王に就任した暁には…おぇぇっ…もう俺吐きそう…もいっぺんトイレ、トイレどこだっけ」
忘れかけた戴冠式だったが、有利の言葉で一気に現実に引き戻された。
「そんな時間はございません、陛下!」
私達の黒とは正反対、真っ白なチャイナ服風の教育係が、我が事のような心配顔で走ってくる。
「じきに始まりますからね。よろしいですか陛下、ご説明いたしましたとおりに、中央を進まれて壇に上がられましたら、ツェツィーリエ上王陛下から冠をいただき…
もちろん儀式を執り行わなかったからといって、国民の陛下への忠誠が揺るぐわけではありませんが、やはり形式にはそれなりの効果が…」
「もーわかったってば」
「ちゃんとやるって言ってんじゃん」
「それを聞いて安心いたしました。よくぞご決心くださいました。陛下のこの頼もしいお姿を見られるだけでも…」
そんな爺モードに入っているギュンターの横を、グウェンダルが通り過ぎた。
そしてそのまま扉に手を掛ける。
「ちょっと待て、俺らより先にあんたが入っちゃってもいいの?」
外見のみならず中身すら魔王に適任だろう彼は、素晴らしい作り笑いを浮かべてくれた。
「上王陛下に冠をお渡しする光栄な役回りを仰せつかったものでね」
「あれ、なんだ、そうなの?」
「俺はまた式をぶち壊してくれるのかと思っちゃったよ。だってあんたは、俺たちが王様になるの大反対だもんな」
「反対?私が?」
今度は背筋の凍るような笑みを浮かべ、こちらにいらっしゃる長兄殿。
「とんでもない、反対などするものか。良い王になられることを心より願うね」
「良いって…」
「素直で、従順で、おとなしい王陛下にだ」
なんという臣下だ。
「それは貴方が陛下を、思うままにしようという企みですかっ!?」
「そういえばグウェン、アニシナが来てたぞ」
途端、グウェンダルは苦虫をかみつぶしたようになった。
グウェンダルにこんな顔をさせるとは…是非会ってみたい、と思うのは間違いだろうか。
「さ、陛下、よろしいですか?緊張していらっしゃいます?深呼吸して、吸ってー吐いて」
「あはは、ギュンターってば」
「自分がやってどうすんだよ」
私と有利はギュンターとコンラッドを従えて、教えられたとおりに広間の中央を進んだ。
真っ黒い花びらが敷き詰められている。
…希望が絶望に変わりそうだ。
石の階段を行くと壇上には、相変わらずお美しいツェリ様が待ち受けていた。
「では陛下、滝の中央に右手を差し入れて、眞王の御意思を聞いてらして」
「は?だって眞王って死んでるんでしょ?」
「ええ。でもあの穴は眞王廟に通じていて、魔王になることを許された者だけが、あそこに指を入れることができるのよ。
そして眞王が新しい王と認めれば、差し入れた手をそっと握ってくださるの」
何日か前の私なら、ここで怖気づいていただろう。
「フリだけよ。あたくしのときも指を入れることはできたけど、誰も握り返してなんてくれなかったわ。
入れたらもったいをつけてちょっと待ってから、ゆっくりと出した手を高く上げるの。いかにも眞王の承認を得たというように。
ね、陛下、難しいことはなにもないでしょう?」
うん、怖くない。
仮に私が魔王にふさわしくないなら、この場で拒むがいいさ。
「嘘ついてたら噛まれるなんてこたないよな」
「小心者だねぇ、有利。早くやっちゃおう。ほら、せーのっ」
手を入れると、ひんやりとした感覚。
私は、認めてもらえたということだろうか。
「あー良かった、やってみればなんてことない儀式だよね」
「そうそう、あとはこうやって勿体ぶって腕をあげ……」
あれ?
恐る恐る有利を見れば、同じように彼もこちらを窺っている。
互いに真っ直ぐ手を入れてるのに、この感触は有り得ない。
指先が、何かに突き当たってるなんて。
「陛下?」
ギュンターが心配そうに覗き込む。
「あれ…っうわ、わぁっ、なんか、なんかがっ」
「掴まれたっ!?コ、コ、コンラッド!なんか!なんかに掴まれてるんだけど!」
「掴まれた!?」
それは恐ろしく強い力で、私…多分私達の手を引っ張っている。
「わぷっ」
顔から水の中に突っ込んだ。
ああ、この感覚。
目を覚ますと、懐かしき我が家の台所だった。
胸に光るのは。
あなたの瞳と同じ銀の虹彩を散らした、青い石。