そうですよね。 馬に乗れないとくりゃ、こうするっきゃないですよね。 誰かこのうるさい心臓を止めてくれ! …あれ、死んでるから止まってるわけ? 馬上で愛でも語りましょうか? 心臓は動いていた。 それはもうバクバクと。 馬が一歩踏み出す度に振動が起きる。 グウェンダルさんに掴まってないと、落ちる。 でもさ、こんな乗り方誰が想像するよ。 前に乗っているあなたに掴まるんならわかるんです。 「………」 「………」 なんで、あなたと馬のたてがみに挟まれているんでしょう。 後ろでいいです、と言ったら、落ちても拾う気はないが構わないか、と問われた。 この人なりの冗談だったのかもしれないけれど、本気だったらマズイ。 ていうか、本気しか感じられなかったのでこんな形になってしまった。 馬を操りにくくないのかなーと思ったけど、競馬でもないからいいのか。 お馬さんのペース、結構速いと思うけどね。 「………」 ああ、気まずい。 とにかく気まずい。 周りの人達も黙って馬に乗ってるし。 この人の前で私語なんて出来ないっつーことですかねぇ。 ねえ、皆さん私に興味持ってよ。 質問とかしてくれちゃったら、今なら幼少の恥ずかしい思い出だって語れる気がするから。 …お尻、痛いな。 「あのー…目的地まで、どれくらいかかるんでしょう?」 目的地すら知らないけれど。 「もうすぐ近くの村に着くだろう。今晩はそこに泊まる」 「へ、へぇー…」 “今晩は” それじゃあ、明日は?明後日は? そんなの、聞けるはずないですよね。 それから。 感覚的に2時間くらい馬を走らせると、言葉通り村に着いた。 やっと馬から降りられて安堵したが、お尻が痛くてうまく歩けない。 それが恥ずかしくて出来るだけ頑張ってみたが、顔がこわばって嫌な汗をかいてしまった。 「ここで寝てもらう」 「陛下、お待ちしておりました」 へぇー、グウェンダルさんって“へいか”なんだ。 へいか? 陛下!? ええっ!?この人王様なの!?すんごい合うけど! 王様直々に私に会いに来てくれたんですか。 私は超一般市民なんだけどな。 そっか、新入りだからってことかな。 見かけによらず、律儀な人なんだね。 中に入ると部屋は暖かかった。 薪ストーブに少し感動。 服を乾かそうと近寄って行く。 後ろではカチャカチャと食器らしき音が聞こえる。 「お食事の用意が出来ました」 やった!お腹減ってたんだよね! 何だろうと振り返ると。 「えっと…これは…」 とりあえずからっからに乾燥していることだけはわかる。 これを、食べろと? 王様の暮らしってこんなもんなのか。 いや、この国が貧しかったり、これが王様の好物だったり、王様は節約主義だったりするんだろう。 ね、グウェンダルさん。 ああ、王様に“さん”付けなんて失礼かしら。 とか考えていたら、グウェンダルさんは既に食べ始めていた。 「いただきます…」 口に持って行くと、明らかに硬い。 歯が欠けるんじゃないかと多少心配しながらも、懸命に食べる。 食べる、というか噛む“作業”をしている感覚だ。 「ごちそうさまでした」 食欲を満たせば―満ちたと思うしかない―あとは睡眠。 いろいろあったし、馬に乗ったしで疲れてしまった。 あとはベッドで寝かせていただ…。 「え、寝袋?」 これってば、もしかしてベッドより寝心地がいいとかそういう気遣いなのかしら! もう無理矢理前向きに考えないとやっていけない! 「あなたにはそれで寝ていただく。明日も馬での移動だ。体を休めるといい」 いやいや、これで休まるわけがあるか! しかも家の中でなく、納屋で寝かされるとは。 そして一緒に馬に乗ってきた人たちと…これは雑魚寝というんだろうか。 そういえば皆さんかなりカッコイイですよね、なんて思ってみたけど…。 そんなときめきよりも、混乱と疲れが勝っていた。