私は魔王だ。 多分魔王だ。 もしかすれば魔王だ。 だったら、私にも魔術を。    届かない声 「動くな!」 それは突然の衝撃。 お腹あたりへの一撃は、鍛えてもいない体には随分なダメージだ。 喉と胸には重い金属の感触。 耳のすぐ横にある呼吸が嫌悪感を呼ぶ。 「誰も動くなよ、動いたらこいつの喉を掻っ切る」 たった今魔王宣言した役立たずは、人質となりました。 同じ魔王でも女を狙うとはね。 人質にはうってつけだ。 「お前も無駄な抵抗はすんな!」 はいはい。 …どうしよう、どうすればいい。 「それとも偉大なる魔王陛下様に、こんな口はきけねぇのかな。俺達みたいな下っ端は」 私を引きずって移動しながら、男は馬鹿にしたように言う。 「あんたらが本当に魔王だってんなら、こんなに簡単でいいのかよ。俺みたいな一介の兵卒がどっかに拉致しようとしてんのに」 …それは私が聞きたい。 「お前等、呪文の欠片でも吐いてみろ、俺も死ぬかもしれねぇが、こいつも確実に命を落とす!どっちが先か試そうなんて気ぃ起こすなよ、こっちは二十年も兵隊だったんだ」 「っ!」 首に痛みが走る。 切れた、のかな。 「死にかけたふりして聞いてりゃあ、目の前のガキどもが魔王だっていうじゃねーか。しかも剣も術もてんで駄目らしい、そんな魔王がホントにいんのか?」 「…悪、かったわ、ね…」 痛い。 特にお腹。 女相手なんだから、少しは手加減してよ。 「まぁどっちにしろ、この世にふたつと生まれないって双黒だ。たとえ王様じゃなくっても、連れてきゃ楽にひと財産稼げる。  お前さん自分じゃ知ってんのかい、髪や瞳の黒いもんを手に入れれば不老不死の力を得るって、いくらでも金を積む連中がいるのさ」 何かの本では人魚のなんちゃらで不老不死とか読んだな。 ちらりとうかがえば、味方は誰一人手を出せない。 さっきまでガンガンしゃべっていた有利ですら。 そりゃそうか。 今の状況じゃいつ死んでもおかしくない。 「乗れっ」 男は私の背中に剣を回した。 くそう、また馬とは。 絶対乗れるようになってやる。 こんなレディーファースト嬉しくない。 「ぎゃあぁあぁっ!」 男が悲鳴をあげる。 その悲鳴に驚いたのか、暴れた馬から振り落とされる。 「げっ………」 受身の練習もしておくべきだった、とか思っていたら、落ちたのは地面じゃないようだ。 「…っ、げほっ」 息が出来ない。 苦しくて胸を掴んだ手に、暖かいものがかかった。 「………」 血だ。 自分の手を見つめることしかできない。 「しん、だの?」 「さあな」 体の下から声がした。 慌てて草の上に体をずらすと…私の下にいたのはグウェンダルだった。 「どうし…」 「ブランドン!」 有利が叫んだ。 男の子。 名前を呼んでいるという事は、有利が心配していた子供達の内の一人。 「ブランドンっ!?」 きっとあの子だ。 私を助けてくれたのは。 なのに、私は。 何もできないのか? 「約束するっ!」 有利の叫びと同時に、響くは雷鳴。 全身の血液がどうにかなるような、私の鼓動。 降り出した雨には、私は関わっていない。