小さなお弁当箱



日焼けし過ぎじゃない?
そう言ったら地黒だって。
それが青峰くんと交わした初めての会話だった。

「さつきちゃんご飯食べよーっ!お腹ペコペコ!へこんだ!」
「さっき休み時間にお菓子食べてなかった?」
「授業中に簡単に消化しちゃうんだから不思議だよね。授業は頑張ってないのになあ」
「知ってる。またレシピ考えてたもんね」
「えっ!」
「先生にはバレてなかったんじゃないかな」
「さすがさつきちゃんお見通し…」

後ろの席なだけある。

「今日はお弁当なんだ?」
「そうなの。ちゃんと対青峰くん仕様だよ」
「俺がどうしたって?」

見上げると大きい青峰くんが登場していた。

「やあやあやあ、青峰くん」
「ん。弁当寄越せ」
「当たり前のようにたかるなーっ!」
「もう、青峰くんてば柄悪いのよ。恐喝みたい」
「何だと?」

私はコックでないし、彼は客ですらない。
“うまそうじゃん”とおかずをつままれて以来、昼休みに青峰くんが現れると私の昼ご飯が減る。
所属する料理部の新作として、ある意味実験台ではあるんだけど…私もお腹いっぱい食べたい。

「青峰くんのこれね」
「そっちだろ」

おかず詰め合わせの小さいタッパを差し出すと、青峰くんは私のお気に入りのお弁当箱を指差した。

「これは私の!」
「足りねぇ」
「用意してあるだけありがたいでしょ!」

自分の量を確保するため、机に体を被せてガードする。
が、青峰くんには効果がなかった。

「ちょっとー!?どっから手入れてんの!?変態!さつきちゃん幼なじみが変態だよ!?」

上からが無理だとわかってくれたものの、下から手が入ってきた。

「うるせぇなぁ。当たる胸もねぇくせに」
「これはぶちギレていいところだよね、さつきちゃん!?」
「そうだね。青峰くんひどいよ」
「お前は十分胸あるじゃん」
「比べる対象にしないでよぉ!」

青峰くんの手は既にお弁当箱の包みを掴んでいるが、負けるわけにはいかない。

「青峰くん、そろそろ諦めたら?」
「さつきちゃんのぉ、言う、通りぃ…っ」
「………」
「あお、みねくん…?」

必死の攻防に息も絶え絶えに名前を呼ぶと、すっと手が離れ、一言。

「変な顔すんな」
「何だとー!?」






「最初っからこうすれば良かったんだよ」

結局私のお弁当を食べることを諦めた青峰くんは、足りない分を購買で買ってきた。
私とさつきちゃんが机を向かい合わせにした横に、隣の席のイスを借りて一緒にランチをすることになった。

「お前がデカイので作ってくりゃいいじゃん」
「お願いします様って言ったらいいよ」
「………」

青峰くん、絶句。

「これは当分無理かもね」
「たった一言なのにー。あ、大きくなったら食費も請求するね」
「マジかよ…」

男の子…特にバスケ部員という大きさの彼には不釣り合いな小さなタッパからおかずを食べる青峰くん。

「…青峰くんってハンバーガー似合うよね」

しかもアメリカのドーンと大きいやつ。

「は?」
「私は純和風。そんな私たちは日英同盟ってわけだ!」

さつきちゃんと青峰くんがポカンとしている。

「英って…イタリアだろ」
「違うよ青峰くんイギリス!」
「えっ!?英語の“英”じゃないの!?」
「「………」」

あれ…?

「お前って…ホントバカだよな」
「イタリアに間違えた人に言われたくないし!」
ちゃんは可愛いからそれでいいんだよ」
「おい、さつき。良くねぇだろ」
「青峰くんもそう思うでしょ?」
「「はあ!?」」

何でそこで振るの!?

「私、ジュース買ってくるね」
「さつきちゃん!?私も行く!」
「飲みたいなら買ってくるよ」

違う!
さつきちゃんわかってるくせに!

「…なあ」
「なにー?」

さつきちゃんに置いて行かれて、やさぐれながら返事をする。

「彼氏なら食費いらねぇの?」
「そうだねぇ。普通のカップルってどうするんだろうね。いっぱい食べる人なら食費かかるよね」
「出してほしけりゃ払ってやる。彼女になれよ」
「ん?」

今、彼はなんて?

「青峰くんちょっと意味わかんない」
「お前、告られてそういう返し方あるかよ…」

こく?

「私…コクラレタの?」
「お前、マジで意味わかってねぇだろ」
「うん。さっぱり」
「だったらもっとわかりやすくしてやるよ」

まず頬に手が添えられた。
次に顔が近付いてきた。
目の前に青峰くんがいた。
口が何かに触れた。
教室がいろんな声に包まれた。