無理矢理にもほどがある。

本来ツインの部屋を5人部屋に?

しかも用意されたベッドは4つだなんて。

誰と誰が一緒に寝るって?



   大丈夫だよ、だから



「俺と一緒に寝ましょう」



婚約者はさらりと言った。



「何で!」



私は暗殺されかけたといえど、女の子と寝る気満々だったのに。



「風邪がうつったら困ります」

「うっ、でも…」

「お前まさかユーリと寝るつもりか!?」



勘違いプーの暴走が始まった。



「「はい!?」」



思わずハモる魔王二人。



「それならぼくがユーリと寝る!」



ベッドが空くからそれはありがたい。



「何でだよっ!」

「婚約者だからだ!」

「じゃあお二人でどうぞ」



この際、私とコンラッドのことは忘れておく。



「どうぞじゃないっ!」

「病人がいるんだから、静かにしてあげないと」

「………」



しまった。








呻き声が聞こえた。
夢かと思えば、目は覚めて。
隣のベッドで寝ていた女の子は苦しそうだ。



「だい…じょうぶ?」



熱が上がってしまったらしい。
コンラッドが医務室に薬を取りに行ってくれると、女の子を挟んで私と有利の二人は部屋に残された。
寝ているヴォルフラムは数えない。
しかも寝息は“ぐぐぴぐぐぴ”である。
世の女の子達は泣いてしまうだろう。



「……アイスあるといいよな、アイス。それより…母親がいてくれたらいいのにな」



確かに、こういう時には母親が優しく看病してくれるものだ。
こんなに小さな子なのに。



「なあ、きみどこから来た子なの?どこの国のどこの家に帰せばいいの?」

「……れない」



女の子が小さく呟いた。



「え?」

「帰れない」



今度ははっきりと聞き取れた。



「なんで?金銭面?電車賃とかそういうんだったら…ああ電車はないか。
 でもご両親も心配してるだろうし、なんだったらこのままきみんちまで送ってくよ。住所言える?そうだ、名前は?」



相変わらずぽんぽん言葉が出てくるなあと聞いていたら、女の子は黙り込んで身体を丸めてしまった。
表情は頑な。
有利に背を向けているため身体はこちら側を向いているとはいえ、目を合わせてくれるわけでもない。
顔すら見られないようにしたいようだ。



「い……イズ、ラ」

「?」



有利が読み上げたらしい。
なんと女の子の腕には刺青があった。
痛くなかったのっていうか、もうこの年で刺青だなんてその筋の子なのかしらっていうか、それとも…。



「これ名前?それとも気合入れる言葉かな」

「どっちかっていえば、名前っぽい」

「じゃあイズラって呼ぶことにするわ」

「違う!イズラはお母様の名前だっ」

「じゃあきみの名前はなんだよ」

「グレタ」



ぶっきらぼうにそれだけ答えた。
まあ何にせよ、名前がわかったわけだ。



「グレタ、おれはユーリだよ。渋谷有利原宿…」

「私は。よろしくね」



有利の習慣をさえぎり自己紹介を済ませる。



「それで、よかったら住所も教えてくれよ。どこに住んでんの、暑いとこ?都会?なあ寒かったら毛布、もう一……」



何がきっかけだろう。
有利が髪に触れたから?
グレタがとんでもない大声で悲鳴を上げた。



「うわごめんッ」

「触るな触るな触るなーっ助けて誰か助けてー!」



有利から逃れようと身体をよじると、必然的にこちら側にくることになる。
ベッドから転げ落ちそうになるのを何とか押さえたが逆効果のようだ。
グレタはひたすら暴れる。



「ちょっとっ、ちょっと待てッ、何もしない、なんにもしないからさっ」

「そうだよ、グレ、タ!だいじょう、ぶ、だからっ」



子供の力ってこんなに強いのか。



「にゃんだお前たち!?子供ににゃにをしている!?」



今すぐに天使の寝顔に戻っていただきたい様相のヴォルフラムが起きてしまった。
いろいろと問題ありだ。



「ユーリ!この節操なしの恥知らずめ!幼女にまで手を出すとは何事だ!?しかも婚約者のぼくのいる前でだぞ。
 あああっまさかぼくを拒み続けてるのは、そういう嗜好だからなのか!?」

「せ、節操なしって、待てよおれ誰にも手なんか出してないじゃん!しかも自分の性別を棚に上げといて、そういう嗜好って何だよ!?そういう嗜好ってェ」



自分の婚約者くらい、もっと信じてあげようよ。



「おれがロリ派の奴だったら、お前の母親にときめくわけがな……あ、はーい」



扉が何度も叩かれる。
念のために鍵をかけておいて正解だ。
いきなり入ってこられてはいろいろと困る。



「なんでしょ」

「客室周辺の見回りをしておりましたところ、お客様のお部屋から幼い子供の悲鳴が」



うわあ、まずい。



「いえ別に、些細な言い争いでして。船員さんのお世話になるようなことでは」

「金の力に物をいわせて幼女と婚約関係を結び、手元に置いて理想の女性に育て上げようという魂胆ですか?」

「こ、魂胆って」



それはどこの源氏物語ですか。
船員の妄想は止まらないようだ。
怒りを露にしてさらに続ける。



「しかもいうことをきかないとなると、今度は暴力で支配しようというのですか。杖で殴って」

「は!?ああこれ、喉笛一号、これで殴ってなんか……あのもしかして、おれ児童虐待とか暴力亭主かなんかと勘違いされてる?」

「おいそこの人間、いい加減にしろ。ユーリの婚約者はこのぼくだ、あんなこ汚いガキじゃ、……うぷ」



………げ。



「ちょっとヴォルフラムの馬鹿ーっ!!ベッドで吐かないでよ!片付けは自分でやってよ!?」

「吐くなら乗るな乗ったら吐くなっ」

「おや、幼女ではなくそちらの方とご婚約を?しかも婚約者様は、つわり、ということはあちらのお子様はどのような」



ああもう!



「私の子ですが、何か!?」



お父さん、お母さん。
私、母親になりました。



「これで納得?はいじゃあね見回りご苦労さん!」



有利が扉を乱暴に閉じ、なんとか一応終わったようだ。
グレタは私が船員に気を取られている間に私の腕から逃れていた。
壁とベッドの隙間にうずくまり、彼女は繰り返し呟いていた。



「信じちゃだめ……誰も信じちゃだめ……誰も」

「それは、おれたちを、ってことなんだよな」



この子の味方は、どこにもいないんだろうか。
私たちは何もしないのに。
ふと、私が初めてこちらに来た時のことを思い出す。
グレタも大丈夫だとわかってくれるだろうか。
だけど状況が違う。
グレタは何か切迫している。



「おれがきみに何すると思ったんだ?」



有利の声はわずかに震えている気がする。



「だから言っただろう」
「なにを」
「命を狙ってきた相手と仲良く旅をしても……お前たちが傷つくだけだ」
「…そんなこと言ってたっけ」
「そんなに親切に言ってくれてねーよ」



だよね。



「言ったぞ、バカだって。どうでもいい。そんな中途半端な姿勢でいるな。足に負担がかかるんじゃないのか」
「でもおれ、嫌だったんだよなぁ。自分が誰になんで恨まれてるのか、知らずにいるのが嫌だったんだよ」
「少なくとも名前は判ったわけだ」



一歩前進。
それはさておき。



「グレタ、ベッドに戻って暖かくしてないと、熱が下がらないよ」
「ほら立って、毛布に入れって。こんなとこで風邪をこじらせたら、せっかくの温泉に入れねーぞ」



小さな背中は力が強張ったままだ。
仕方なく、手を伸ばして待つ。
不謹慎かもしれないが、テレビ番組の1シーンを思い出した。
警戒する動物に対して、ただ待つのだ。
別に手を取ってくれなくてもいいんだけど。
グレタはゆっくりと、本当にゆっくりと顔を伏せたまま私と有利の手を握った。
熱い。
手を取ってくれたことが嬉しくて、少しだけ握り返してみる。
風邪が少しでも早く治るといい。



「ぁ………」



ほんの一瞬だけ感じた感覚。
いつもの感覚に似ているようで、何か違う。
何か、違う。
どう違うのかといえば…整理しようとすると、ドアが再びノックされた。
また船員か、とじろりと睨む。
ドアが開かれると、目が合った相手は少し驚いたようだ。
熱さましと氷を持ったコンラッドだった。