砂熊は敵ではありませんでした。

ライアンさんの案内で、砂熊の巣へと避難させてもらった。

眞魔国へ戻ると、ニコラはグリーセラ家にお嫁に行くことが決まった。

眞魔国へ戻ると、何が彼をそうしたのか、ギュンターの服装がガラリと変わっていてショックを受けた。



   当たり前なんて、存在しない



「………は?」



あれ?
有利ってこんなに大胆な男の子だったっけ?



「いや、そんな顔しないでさ」

「いや、そう言われてもさ」



有利の発言には結構慣れたけど。
でも。
でもでもでも。



「一緒に、おふ、お風呂なんて…」

「うわー誤解しないでくれよっ」

「誤解も何もないでしょうよっ!」



クラスの男子にでも言われりゃ、怒ったりするところだが、まさか有利が。
有利がこんなこと言うなんて。



「…ユーリ、これはどういうことだ?」

「うわっ!ヴォルフラム」

「ヴォルフラム?」



有利の後ろに仁王立ちで、めちゃめちゃ不機嫌モード。



「お前というやつは、ぼくに声をかけておきながらまで誘うとはどういうことだっ!」

「ぅええええええっ!?」



私と二人きりですらなかった!



「ゆゆゆ有利、いつの間にそんな大胆に」

「ち、違うって!とにかく早く!」



………。



「あのー、どういうこと?」



どうやら慌てるような事態じゃないらしい。



「とりあえず風呂に行こう!」



ヴォルフラムはお風呂に入る気まんまん、といういでたちだけど。
有利はお風呂に何をしに行きたいんだろう?








「ぷは」

「何をやっているんだ?」

「悪ぃ、ちょっと背中押してみてくれる?」



有利は服も脱がずにプールサイズの湯船に直行。
そして服のままで浴槽に飛び込んだ。



「押して」

「有利、どうしたの?」



ヴォルフラムが言われたとおりに背中を押してやるが、何かが起きるわけでもなく。



「おっかしいんだよ…、やってみてもらってもいい?」

「私?」



と、ヴォルフラムが先に入ってしまった。



「ぎゃ、なんだよっお前じゃないって!お前がダイブしてどーすんだよっ!」



有利のもとまで行くと、白い腕を首に絡めて…え?



「抱きつくなよっ」

「斬新なやり方を試すんじゃないのか?」

「斬新って何が!」

「ヴォルフ、よからぬ期待をしていたな!?」



妙な展開になる前に、私も服を着たまま入る。



「ねえ、有利。一体どうし…」

「帰れないんだよ」



その一言で、やっと気付いた。



「はあ?ちゃんと帰ってきただろう」

「そうじゃない。スヴェレラからコナンシアを抜けて、眞魔国には戻って来られたけど、今度は自分ちに行けなくなっちゃったんだよっ」



帰れない。



「う、うそ、だあ…」



帰れない?



「この前もその前も水関係だったから、今度も風呂からだろうと思ってやってみたけど、一人じゃどうしても駄目なんだよっ!だからと一緒で、さらに誰かに追い詰められれば…」

「ゆ、有利!もっかいやろう!?今度は一緒に」

「お前たち、そんなことのためにぼくを使おうというのか?」

「そんなことって」

「あのなあ、おれたちにとってどれだけ重要なことか」

「だってお前たちはもうこの国の魔王なんだから、どこにも行く必要はないだろう?ユーリとにとって帰るといえばこの城だ。ずっと、半永久的に、永遠にいるのが当たり前じゃないか」



当たり前、なんかじゃない。
いや、当たり前だとしても。



「帰れなくなるなんて思わないじゃん!だって、今まではこっちに来て一段落したら帰れたんだよ!?それが突然」

「そうだよ!今度だって魔笛もゲットしたし、そっくりさんも…大して似てなかったけど、無事に保護したし、ノーマルレベルモードとはいえ、どうにか作戦成功だろ。
 なのになんで帰れねーの?セーブできねぇの?もう二度と向こうに戻れないんだとしたら、おれたちこのまま眞魔国でどうなっちゃうの!?」

「魔王として暮らすんだよ」



それは至極当然。
だって、誓ったじゃないか。
魔王になるって、言ったじゃないか。



「でも…帰れなくなるなんて、考えたこと、なかった」

「日本に戻れなかったら、西武が優勝できるかどうかも見届けられないじゃないか。伊藤さんからインサイドワーク学ぶこともできないじゃないか。
 それどころか野球が二度と観られないじゃないか」

「新しい球技団体を設立すればいい。国技にするって息巻いていただろう」

「おれまだそんな、上級者じゃねーもん」



有利の声も、ヴォルフラムの声も、どこか遠く聞こえる。
今すぐにでもこの浴槽に潜れば、戻れるんじゃないか?
そうだよ、今が追い詰められてるその時じゃないか。
お湯に入ったら、前みたいに突然足がつかなくなって、吸い込まれて。



「解らないやつらだな」



夢だか現実だかわからなくなっていた中、はっきりと聞こえたヴォルフラムの声。



「お前はこの世界に属する者だ。魂の属する場所からは逃げられない」



“逃げられない”

なんて、そんな。



「誰も教えてくれなかっただろ」

「それくらいの覚悟もなかったのか?」



涙は出なかった。
ただ呆然と、浴槽の底を見つめていた。

胸元の青い石を、見ることができなかった。