これはいわゆるコンプレックスだ。
これはいわゆる嫉妬だ。
これはいわゆる憧れだ。
羨むばかりで、何も成長しない。
光は影を照らし出す
「ノリカさ…」
「いないのよ…身体どころか骨も髪もない…あの子がいたって痕が何もないの」
十年という時間。
「もう、十年も経つからね」
かける言葉もみつからなくて、ノリカさんの背中をさするくらいしかできなかった。
有利がずいぶん深くまで掘られた穴に手を入れた。
「なんだろ、これ」
何もなかったわけじゃないのか?
穴から出されたものは、確かに骨ではない。
細長くて、ところどころ出っ張ってて。
長いのと、小さいの。
「それはあたしも見付けたけど、そんなの息子じゃない。ただの筒だもの。人間の一部じゃないもの」
「まさか!?」
「は?」
有利が胸ポケットからさらに似たようなものを取り出した。
「こっ…このオフホワイトと焦げ茶のコントラストは…」
嘘だあ。
「「………ソプラノリコーダー?」」
いやあ、まさか。
それが魔笛って、まさか。
そんな、まさか。
ぽぴー。
「「ほんとにソプラノリコーダー!?」」
「さすがですね陛下!手にしていきなり音が出せるなんて!ほら日本の諺でも言うじゃないですか、桃栗三年、柿八年…」
「おれ、この楽器、初めてじゃない気がする。遠い昔にどこかで会っているような」
「私、夏休み前に会ったよ」
私の選択科目は音楽である。
「そういうの、既視感っていうんじゃないですか?」
有利はしばらく触れていないようだけど、私の場合つい先日といったところだ。
「短いほうはどうやって手に入れたんです?」
「これはニコラに貰ったんだよ」
「ニコラに?」
「ニコラは彼氏のゲーゲンヒューバーに…ああ、そうか!」
「有利?」
「ヒューブだ。全部ゲーゲンヒューバーに繋がってるんだよ」
ヴォルフラムが不機嫌そうに親戚の名を口にした。
「ヒューブがどうした」
「隠したんだよ!この部品を!埋められたばかりの赤ん坊の墓に!生まれてすぐに母親から離されて、死にかけている赤ん坊を掘り返したんだ。ノリカ!」
まさか。
「あんたの子供は生きてるよ!力になれると思うんだ」
「あたしの息子が?」
「そう。あんたの父親の名前は?」
「シャスだけど」
「だよなっ。ちょっと足の悪いおっさんだよな。あんたの父親は…実の娘を売っ…密告したのかな」
ノリカさんはゆっくり首を振って、泣きそうな笑みを浮かべて否定した。
「あたしを売ったのは別の人。気を許していた果物屋の女主人に、ついつい口を滑らせちゃったんだよ」
やっぱりすごいなあ、有利は。
「だが、ゲーゲンヒューバー本人は、一体どこへ姿を眩ましたんだ?」
「…それがわかんないんだよなあ」
「?」
「な、なに、コンラッド」
「泣きそうな顔をしているから」
「…それは、ノリカさんの子供が生きてて良かったって」
「嬉し泣きというよりは、悲しいでもなく、寂しそうだよ」
どうして、わかっちゃうかな。
「私は、いつも何もできない。だから、有利がうらやましくなる」
「は。ユーリはユーリだ」
わかってるよ、そんなの。
「なんて、あなたはわかってるでしょうが」
「…じゃあ何で言うの」
可愛くないな、自分。
コンラッドはそれだけ気に掛けてくれてるってことだ。
「さっきは目にゴミが入った?」
「え?」
「泣いていたでしょう」
「あれは…」
「その気持ちを忘れなければ大丈夫です」
今度はその言葉に泣きそうだ。
「行動にうつすのは容易なことじゃないから」
それから逃げるから私は卑怯なんだよ。
「優しさだけは忘れないでください」
優しいのは、あなたじゃないか。