いつものように押し寄せてくる波。 まかせて途切れる意識。 背中にぬくもりを感じる。 それに安心したかのように、私は目を覚ました。 土にまみれた手は母親のあたたかさ 「おはようございます、陛下」 「コン、ラッド」 有利は、と視線をさまよわせるとヴォルフラムがついていた。 真剣な眼差しで眠る有利を見つめている。 「具合はいかがです?」 「とにかく寝たい」 「もう少し寝ますか?」 「いや…有利もそろそろ目を覚ますんじゃない?」 私が目を覚ましたのは、空から光がほとんど消えた頃だった。 「あのあと、どうなった?」 「門を開いて一時的にでも自由にした」 一時的? 「俺達にできるのはそこまでです。あとは彼女達本人が、自分で心を決めるしかない。 これからどうやって生きてゆくかは、自分自身にしか決められないんです」 「…そっか」 「それでですね」 「何?」 「…魔族と恋愛関係にあったというご婦人方が、十四人ほどいるんですが。彼女達は一様に、そのー夫であった者の祖国を拝みたいと言っているんですね」 「十四人もかぁ、すごいねぇ」 人間でありながら、魔族を愛したなんて。 自分が人間だか魔族だかやっぱりわからないけれど、魔族の国にいる以上なんか嬉しい。 「…陛下、問題はそこじゃありません」 「もちろん一緒に連れて行くでしょ?」 「ギュンターに成り代わって申し上げますが、時には熟慮なさることも大切ですよ」 「私は女性の味方です」 「どこかの誰かみたいなこと言わないでください」 眞魔国での噂を思い出した。 「だって、有利だって絶対同じこと言うよ」 「…まあ、これは俺の意見として言うけれど………動物的勘が大正解のケースもある」 動物的、勘ですって? 「あら、コンラッドったら失礼ね?」 「はい?」 「いつでも当たるのは、女の勘、だよ」 「…なるほど」 コンラッドは苦笑した。 「じゃあ…すいません、ちょっと探し物を手伝ってきてもいいですか?」 「探し物?」 「ええ」 「…私も行ってもいい?」 「…あなたは苦手かもしれないな」 「え?」 それでもコンラッドについて行くと、何か音が聞こえてきた。 土を、掘ってる? コンラッドが松明に火をともした。 照らされた地面は一帯が掘り返されている。 「………」 痩せた女の人が土を手で掘り返していた。 きっとその中に探し物があるんだろう。 手が入っていない場所はもうほぼない。 「ああ、悪いね」 「暗くちゃ探しものも見つからないでしょう」 何を、探しているんだろう。 確か、ここはお墓だったはずだ。 それじゃあ、彼女は。 「ナイストゥーミーチューで、ハブアナイスウィークエンドだからっ」 「陛下ですかー?」 有利が目を覚ましたらしい。 「もしかして、ノリカねーさん?こんな夜にこんなとこ掘ってどーしたの」 街灯もないこの世界は、日が落ちれば本当に暗くなる。 「探し物ですよ」 コンラッドは何の問題もなさそうに微笑んで、四方を照らした。 「ほら、もうここしか残ってないので」 いつの間にか、あと一箇所。 突っ立ったままの私を通り過ぎて、有利は彼女を手伝おうとしゃがみ込む。 「いいんだよ、あたしの子供だから。あたしが一人で探すんだから」 「子供って…」 女の人は僅かに顔を上げると、有利の眼を覗いて薄く笑った。 「ありがとう。マルタの赤ん坊を助けてくれて。それに多分、あたしたちのために、あいつらを懲らしめてくれてありがとうね。 あんた本当は、マーボーなんて名前じゃないんだね」 「おれが怖くないの?今まで会った普通の人間は、黒は不吉だって大慌てだったけど」 「怖いものですか」 彼女は有利の頬に触れた。 そして、こちらにも手招きする。 「良かったら、あんたも見せておくれ」 「え………」 突然お呼びがかかって驚いてコンラッドと有利を見ると、二人が笑った。 どうやら私もコンタクトがはずれているらしい。 私は何もしてないのに、と後ろめたく思いながら、おずおずと近付いてしゃがんだ。 土のついた手が触れる。 なんだか切なくなる。 「お願い、灯りを近づけて。ああ本当だ、ほんとに深く澄んだ黒をしてる。こんな綺麗な瞳は見たことないよ。 あの人は王都で一度だけ、ずっと昔の賢者様の肖像画を見たんだって。その絵がどんなに気高く美しかったか、何度もあたしに話してくれた。 あんたたちみたいに知性を持った黒の瞳と、同じ色の艶めく髪をしていたんだってさ」 「あの人って…」 「あんたたちと同じ、魔族だったの」 見知った顔の兵がコンラッドに報告に来た。 短い返事をもらって持ち場に戻っていく。 ノリカさんは再び手を動かして、爪が剥がれるのも構わずに掘り始めた。 「シャベル取ってくるからさ」 「いいいんだよ。この手で掘りたいの。自分の手で、自分の産んだ可愛い息子を捜してやりたいの。死産だったって聞かされて、顔も見せてもらえずに諦めたけど… もしかしたらマルタの赤ん坊みたいに…どのみち十年も前の話。けど此処から出られるときには、必ずあの子も連れて行こうって決めてたんだ… 骨の一欠片でもかまわない。砂の一握りでもかまわない」 勝手に、涙が出てきた。 「っ!」 「ノリカさん!?見つけた!?………え?」 どうして、泣いているの?