血の匂い。
それに毒されて頭がぼんやりする。
泣き出したい、震え出したい衝動を。
私は張り詰めた糸のようにギリギリのところで抑えていた。
赤に陰る、少女の夢
甲板に駆け付けると、既に血が流れていた。
コンラッドの近くで剣を構える。
それは訓練用よりもずっと重くて。
命の重さかと考えてしまう。
ほとんどコンラッドが斬り伏せていくが、やはりそれでも数が多い。
脇から私を狙ってきた海賊。
私はその足に切り付けた。
剣から伝わる感触に血の気が引いて、より手にしたものを重く感じる。
落とすな、持ち堪えろ。
必死に自分を奮い立たせたが、私達の抵抗は虚しく。
約束通り、おとなしく捕まった。
ドレスの裾が少し引っ張られた。
「…ベアトリス」
目の前で起きた出来事に止まっていた思考が動き出す。
そっと小さな手を握った。
傍らにいるのはお母さんかな。
有利達は、無事だろうか。
「皆さーん、元気じゃったかのーぉ」
その声に目をやると…有利とヴォルフラムが連れて来られていた。
とりあえず、無事…ところで何だあれは。
「これが特別室のお客さんかの?」
「そうです、親分」
親分が着ているのは、セーラー服。
日本の女子高生代表で言おう。
今すぐそれを脱いで詫びるがいい!
色の違いがあるとはいえ、私が普段着てるのだってセーラー服だ。
着る度思い出すのだろうか。
そんなの嫌過ぎる。
「さあそいじゃご婦人方は隣に移ってもらおうかのう!新しいご主人と出会うまで、わしらの船で働いてもらうけん」
何ですって!?
と思いつつも、何も言うことは出来ない。
ベアトリスの手を、離さなければいけなかった。
ご婦人方が泣きながら作る列の一番後ろにつく。
どうしたらいいんだろう。
下手なことはできないし、こんなやつらの船で働くつもりもないけど。
「そんじゃ続いて、高く売れそうな子供ももらっておこうかの!」
「売るだとぉ!?」
「ババァー!」
子供達が泣き始めた。
え、ババアって。
駄目よ、そんな言葉使っちゃ…。
「…ちょっと待て、お前ら…」
嗚呼。
トルコ行進曲スタート。
指揮者兼演奏者はもちろん有利だ。
「お前ら、聞けーっ!!ちょっと待てよアンタ、あっちの船に移すって、女性と子供をどーする気だ!?
そもそも由緒正しい盗賊っつーのは、金品だけ頂いてトンズラだろっ!?
女や子供を売り飛ばすのは、畜生ばたらきこの上ないぞ!?」
「わしら、盗賊じゃなくて、海賊じゃけん」
そういうこと言ってるんじゃない。
「いいか!?人身売買は国際法で禁止って、そんなの小学生だって知ってんだろ!?
たとえ聞いたことなくっても、ちょっとだけ考えりゃわかることじゃねーか。
全ての人間は平等で、あんたもあの人たちもおんなじなんだ。
つまりいくらこの船を占拠したからって、あんたたちに女性を売り飛ばす権利はない!」
有利はまくし立てているが、この海賊には義理人情は通用しなかったようだ。
その時、ベアトリスがこちらに連れて来られているのに気付いた。
少女は肩に置かれた海賊の手を、汚れを拒否するように、強く素早く払いのけた。
まずい。
「ベアトリス!」
彼女が、海に落ちる。
「…っ、ナイス、有利」
「、こそ、な」
その前に、有利と二人で片腕ずつ掴むことに成功した。
コンラッドとヴォルフラム、そしてヒスクライフさんが駆け寄る。
「ベアトリス…絶対離さないからっ」
「手を掴んでっ」
「いいの」
何が?
私の腰が掴まれる。
「お父さまやお母さまに会えなくなるくらいなら、いいの」
「…そんな、こと」
言っちゃ駄目。
あなたはこれから大きくなって。
素敵な人と恋に落ちて幸せになるんだよ。
きっと誰もが振り返るような美人になるの。
だからそんなこと。
ドクン。
ああ、この感覚は久々だ。