ねぇ、有利。
私たちは、きっと。
もっといろんなことを知らなくちゃいけないんだと思うの。
でも、その正義感はなくさないでね。
人間ってのは
追いかけて行くと、その先ではまさに海の男的な船員が見習いらしき少年を殴っていた。
「騒ぎを起こさないように」
「でもまだ子供なのに」
「これ以上、殴らせなければいいんですか?まったく、坊ちゃんの気まぐれには参りますよ」
コンラッドが船員に声をかける。
「この船では朝っぱらから見習いを殴るのか?」
「うるせえ、下のもんをどうしようとこっちの勝…これはお客さん、どうも見苦しいところを」
相手が一等以上の客と知ると、態度はがらりと変わった。
…ま、こんなもんか。
「ですが、こいつがつまんねぇ間違いをやらかしまして」
「耳障りだ、主人が気分を害している」
「はあ、ご主人様というのはそちらのお方で?」
コンラッドは男に何かを握らせた。
…お金だろうな。
男は肩越しに首をのばし、私達の様子を窺い見る。
下品なニヤつきで顎をなでている。
大変不愉快。
「こりゃあ、さぞやご苦労の多いことでしょうなぁ。申し訳ありません、お客様!不愉快な思いをさせちまって」
「もういい、早く消えろ」
立ち去るように手で示すと、柵近くに転がっていた少年も深々と頭を下げて走って行った。
「やだやだ…なにごとも金、っつー感じ」
「正義感や良心がいたみますか?けどこれで、少なくともあの男は、金銭で動くことが判りました」
「その上、子供を殴るサイテー野郎。あーあ、俺、ちょっと反省しちゃったよ」
「「反省?」」
「うん。俺ってこっちにいる間ずーっとさあ、よりによってなんで魔王なんかにって思ってたわけ。
運が悪い、俺って不幸ぉー、って。でもそれがすごい勘違いだって、やっと判った気がするんだ。
世の中には、俺なんかより、もっとこう、さ」
違う。
「不幸な者が存在するって?さっきの子供が不幸だというわけだ」
「だって日本じゃ多分まだ中一か、へたすりゃ育ちのいい小学生だぜ!?児童に労働を強制しちゃいけないって、国連だってユニセフだって言ってるよ。
しかもミスしたからって殴るなんてさ、子供の権利条約ってのがあるんだろうにっ」
有利に悪気がないのはよくわかる。
だけどね。
「有利」
「?」
「…あの子が不幸だって決め付けるのは違うよ」
「…そうかなぁ」
私だって、わかったような口をきいてるだけにすぎないけれど。
「それより、気掛かりなのはヒスクライフです」
一瞬顔を忘れた。
あの挨拶がまず頭に出てきたから。
「市内の人だって言ってたよね」
「近場かなぁ、市内ってことは」
「ミッシナイはヒルヤードの北の外れだけど…あの挨拶は確かにカヴァルケードの上流階級のものだった。一度見たら絶対に忘れませんからね」
「あれは…忘れようたって忘れられらんないよな」
ある意味トラウマものだ。
「あれ、そのカヴァルケードって、例の」
「そう、例のです。しかもあの男、かなりの使い手ですよ。マイホームパパぶって娘と手をつないでたけど、指にしっかり剣ダコが」
「剣ダコ!?できるんだータコがー」
自分の手のひらを見てみる。
一ヶ月も経つと、できた豆も消えてしまった。