魔剣の“マ”は、魔除けの“マ”かもしれない。
掴もうとした人の手を咬むだなんて、番犬にも最適!
しかも自分のテリトリーには魔王以外入ることを許さないんだから。
あ、魔剣というからには、犬ではなかった。
求めし魔剣は呪いの剣!?
「モルギフのところまで誘導するから」
「あ、ああ」
ボートが止まっているのは膝までの水位だが、その先は急に深くなる。
「大丈夫ですか?痺れるとか、そういうのは」
「大丈夫!」
魔剣が沈んでいるのは、みぞおちも濡れるくらいの深さ。
しかし、私はそれに無理して肩まで浸かる。
「有利。目、開けていいよ。目の前にあるから」
お互い視線を合わせずに手を伸ばして、指先が硬い金属に触れるか触れないか…。
「「ぎゃ!」」
「どうした!?」
気のせいかもしれない。
もう一度、指を伸ばしてみる。
だが。
「咬んだ!咬んだよ!?なんか魚みたいなのが絶対指咬んだ!」
「ぎゃー顔が!顔が顔がぁぁぁ!」
確かに恐ろしき魔物。
だけどそんな恐怖よりも、乙女の羞恥心の方が強かった。
混乱しつつも、体は肩までお湯に浸かったまま。
顔がついてる剣だなんて誰が想像するだろう、しかも。
「聞いてねーぞ!?おれこんなヤバイやつだなんて全然聞いてねーかんなっ!これ絶対呪われる!触ったら誰でも呪われる!」
それなら多分、もう呪われたんじゃないかな、咬まれた時点で。
けど本当に魔剣はある意味禍々しい顔つきだった。
「やだよーこんなスクリームの悪役みたいな奴ぅー!しかも困った系も入ってるぅー」
「有利、落ち着いて」
「しっかり、陛下」
有利は泣きが入っている。
私はとにかく自分の体の方を死守したかったので、なんとなく冷静になってしまっていた。
「だって咬んだんだぜ!?こいつこんな、ヒトに見える壁のしみみたいな顔しててからにさ」
まさに的を得ている。
「ああおれもう絶対呪われたっ、もう恋愛も結婚もできないんだーぁ!」
それはない。
だって、ヴォルフラムがいるから。
「判った、ユーリ、。無理ならいいんだ、他の手を考えよう。落ち着いて、ゆっくり歩いて、戻ってくるんだ」
…私もできれば、こんな不気味な剣は手に取りたくない。
ヨザックが、どこか歌うように手招いている。
「戻っておいで陛下、危険なことはしなくていい」
さっき、私に言ったように。
「戻っておいで早く、危ない橋は兵隊が渡るから」
怒らせてやる気を出させるならいいだろう。
でもこれは。
「…無責任だ、って言いたいのか?」
「ユーリ、いいから」
「おれが、おれたちが無責任だって言いたいのか!?」
…ヨザックめ、嫌な顔をするもんだ。
「オレぁそんなこと言ってやしませんよ、陛下。早く戻ってきてくださいよ、こんなとこさっさとおさらばしましょーよ」
「…あんたに何が解る…」
「二人とも、こっちに…」
「あんたに何がわかるってんだ!?」
だめだよ、有利。
「おれたちはごく普通の高校生で、当たり前の十五年しか送ってないんだ。
それを夢見たいな世界に呼び寄せて、いきなり魔王になれなんて押し付けたんじゃないか!
魔剣なんか幽霊や妖怪みたいなもんで、今まであるなんて思ったこともない!なのに怖気づいたからって責められんのか!?
誰だってあんなの見たらビビるだろがっ!あんな気持ち悪くできてんだぜ!?そいつをおれにっ」
「有利っ!!」
「………っ」
一度剣を手にしたからといって。
一度剣で斬ったからといって。
震えて泣き叫びたくなる私は有利と何も変わらない。
だけど。
「解りませんね。オレには陛下がどんな幼少時代を過ごされたのか、どんなお人柄なのか全然わからない。
陛下がどんなお気持ちなのか、どんなお考えなのかも皆目わからねぇ。
たとえどんなお方が魔王になられても、オレたちは黙って従うだけだ。兵士も民も子供もみんな、王を信じて従うだけなんですよ」
この言葉に、なんと言い返せばいいだろう。